【書評】1兆ドルコーチ

なぜこの本を手に取ったか

アップル共同創業者のスティーブ・ジョブズGoogle共同創業者ラリー・ペイジ、アマゾンのジェフ・ペゾス。今や世界をテクノロジーで牛耳る(と言うと言葉が悪いですが)GAFA錚々たる面々ですが、なんと彼らには「共通のコーチ」がいたというのです。その名はビル・キャンベル。彼はどんな人物で、どのようにしてこの錚々たる面々を支え、導いてきたのか気になり、手に取りました。

ビル・キャンベルの経歴

  1. 元々はアメフト選手でした。選手としては小柄な体格であったにも関わらず、高校のフットボール部の最優秀選手に選ばれたこともあります。
  2. コロンビア大学で部の主将に選ばれ、卒業後同チームの「コーチ」となりました。
  3. しかし結果を出せませんでした。原因はビルの強い「思いやりの精神」が災いしたと言われています。彼は選手を大切にするあまり、スター選手も(努力している)一般選手も分け隔てなく試合に出場させ、また、選手に学業を疎かにしないよう指導しました。それは勝利よりも彼らの今後の人生を思ってのことでしたが、スポーツの世界でその「思いやり」は逆効果となってしまいました。
  4. 40代になって友人の勧めでビジネスの世界に踏みこみ、そこで頭角を現しました。あっという間にアップルの幹部にまで抜擢され、やがてアップルの子会社クラリスのCEOに上り詰めました。
  5. クラリスを離れると、次はインテュイットのCEOとして迎えられました。この時のインテュイット創業者スコット・クックにビルのリーダーシップや人材育成の素養を見出され、フィールドは違うものの再び「コーチ業」に戻ってきました。その後、アップル時代から親交のあったスティーブ・ジョブズやグーグル幹部など、シリコンバレー中のCEOをコーチしてきました。

アメフトコーチからビジネスの世界に転身し、1兆ドルの価値を生む名コーチとなったわけです。次は彼の「コーチの極意」をまとめてみます。

ビル・キャンベル コーチの極意

マネジメント

チームを「コミュニティ」にし、高いパフォーマンスを発揮させる

  • 企業の成功に必要なことの1つは「チームが『コミュニティ』として機能すること」です。
  • 「コミュニティ」とは、個々の利害関係や意見の違いは脇に置き、会社のためになることを個人・集団として取り組むことができる環境のことをいいます。
  • 人は職場のコミュニティの一員であることを感じると、仕事に対する意欲が増すことが研究で判明しています。
  • 一見ハイパフォーマンスなチームが、実は社内の激しい内部競争の上に成り立っていることが間々あります。
  • しかし、このような環境では社員は強烈な緊張に晒され、パフォーマンスに悪影響を及ぼす結果となってしまいます。
  • ビルはアメフトコーチで培った「チームメイト間の緊張を見抜く目」と「緊張を解決する手腕」を持って社内の内部競争における緊張を素早く察知、緩和し、共通のビジョンを持つ「コミュニティ」になるようコーチしました。

リーダーの条件

リーダーシップは人材管理を突き詰めることで生まれるとビルは考え、実践していました。その目的はあくまで企業として結果を出すことではありますが、部下を支援し、信頼して仕事をさせることで成長を促すといったとても人間味にあふれる手法でした。

  • 「支援」
    • 彼らが成功するために必要なツールや情報、トレーニング、コーチングを提供すること。
  • 「敬意」
    • 一人ひとりのキャリア目標を理解し、それを達成できる手助けをすること。
  • 「信頼」
    • 彼らに自由に仕事を取り組ませ、決定を下させること。
    • 彼らが必ず成功できることを信じること。

また、ビルはこんなことも言っていたそうです。

どうやって部下をやる気にさせ、与えられた環境で成功させるか?独裁者になっても仕方ない。ああしろこうしろと指図せず、同じ部屋で一緒に過ごして、自分は大事にされていると部下に実感させる。部下の言うことに耳を傾け、注意を払う。それが最高のマネージャーのする事だ。

君が優れたマネージャーなら、部下が君をリーダーにしてくれる。リーダーを作るのは君じゃない、部下なのだ。

ミーティング

ミーティングは「旅の報告」からはじめる

ビルは、ミーティングの前に必ず「旅の報告」などの雑談から始めたと言います。その目的は2つあり、一つはチームメンバーが「家庭や、仕事以外の生活を持つ人間」としてお互いをより知りあえるようにすること。二つ目は全員が特定の職務の専門家や責任者としてだけでなく、一人の人間として最初から楽しんでミーティングに参加できるようにすることです。これは学術的には「社会情動的コミュニケーション」と言うそうで、チームメンバーの連帯感を生み出し高めるためる効果があります。

  • ミーティングの前に軽い雑談を行い、メンバーのことを知りつつ場を和ませ、リラックスした状態でミーテイングが始められるようにする。

議論すべき「トップ5」を挙げる

ビルは「1 on 1ミーティング」をよく行いました。その際「君のトップ5はなんだ」とよく聞いたそうです。これは自分の時間と労力をどう優先付けしているかを知るための方法です。ビルもトップ5を作っていたそうですがそれはあえて伏せて、話の主導権は相手に握らせつつ自分のトップ5について触れる手法をとっていたそうです。実践するなら、各々トップ5をホワイトボードに書き出して議論するのがよいそうです。何が二人の間で共通しているかも一目瞭然となります。

  • 1 on 1ミーティングでは、お互いの「トップ5」を確認する。

コンセンサス(合意)より「最適解」を求める

何かを決定するとき、グループのトップがすべての決定を下しているようでは、部下はマネージャーに自分のアイデアを売り込むことに終始してしまいます。そうした状況では本来求めるべき「最適解」よりもロビイングに長けた人の的外れなアイデアが採用され、グループ、ひいてはその企業を悪い方向に導いてしまう危険があります。事実、コンセンサスを目指すと「集団浅慮(グループシンク)」に陥り、意思決定の質が低下しがちなことが研究で明らかにされています。 ビルは、コンセンサスより最適解を重視していました。最適解を得るにはすべての意見を俎上に載せ、グループ全体で話し合うのが一番です。全員に忌憚のない意見を促すために、ビルはミーティング前にメンバー一人一人と膝を交えて彼らの胸の内を知ろうとしました。そのためビルは様々な視点から問題を捉えることができ、さらにメンバーはビルと会話することで自分の意見が整理され、準備ができた状態でミーティングに臨むことができたそうです。

  • コンセンサスより最適解を求める
  • 最適解を得るにはグループ全体でその議題について話し合う必要がある
  • ミーティングの前に1人1人の意見を聞いてみる

マネージャーは「決着」をつけろ

それでも最適解が生まれない場合、マネージャーは決定を促すか、自ら決定を下す必要があります。

「この方針で行くぞ。下らん議論はおしまいだ。以上。」と宣言するんだ。

しっかり議論すれば10回中8回は部下が自力で最適解を見つけるので、残りの2回について決断を下す必要があります。決断を下す際、最も重要な判断材料は「第一原理(ファースト・プリンシプル)」です。 第一原理とは、どんな会社にもある「社是」と同意と考えてよいでしょう。すべての社員が第一原理を受け入れている前提となるため、この原理に則した判断は誰も反論できません。第一原理は会社に限らず、どんな状況でも存在します。そのため事前にプロダクトやプロジェクトを支える不変の真理を明確にしておくことが賢明でしょう。

人材

信頼関係を築く

信頼がビジネス成功の基盤であることは言わずもがなですが、ビルはこの信頼を築くエキスパートだったそうです。ビルが思う「信頼」とは以下の条件を満たすことでした。

  • 約束を守ること
    • ビルに「何かをする」と言ったら、それは必ず守らなければならない。それはビルも同様で、彼はいつでも約束を守ったそうです。
  • 誠意
    • お互いに対し、またお互いの家族や友人、チームや会社に対し誠意を尽くすことを徹底します。スティーブ・ジョブズが1985年アップルを追放されたとき、ビルは彼を会社にとどめようとした数少ない幹部の一人でした。スティーブはビルが示した誠意を片時も忘れず、以降二人は固い友情と仕事上の関係を築きました。
  • 素直さ
    • ビルは常に率直で、相手にもそうあることを期待しました。
  • 思慮深さ
    • グーグル経営陣の一人が重病を患った際、その事をビルにだけ伝えたそうです。ビルはそれを誰にも口外せず、他のメンバーが知ったのはその重病が完治した後だったそうです。

信頼関係の構築が、組織の意思決定にも大きく影響することがコーネル大学の論文でも明らかとなっています。例えばチーム内で何か議論が発生したとします。この時生じる「課題葛藤」(決定に関する意見の不一致)と「関係葛藤」(感情の行き違い)の相関関係に”信頼”が大きく関わってくると言います。「課題葛藤」は本来健全なのものであり、最善の決定を導くために必要なのですが、「課題葛藤」が高まるとまずい意思決定や士気低下を招きかねない「関係葛藤」も高まる傾向にあると言います。ただ、ちゃんと信頼関係が築けていればこの「関係葛藤」を少なくすることができ、適切な意思決定を下しやすくなると言うことです。また、コーネル大学の研究では「心理的安定性が高いチーム」ほど良いとしています。「心理的安定性」とは「チームメンバーが安心して対人リスクを取れるという共通認識を持っている状態。ありのままでいることに心地よさを感じられるチームの風土のこと」を指すそうです。こういったチームを作る出発点が「信頼」であり、ビルはこういった関係を素早く構築したそうです。

正直で謙虚な人材を見極める

ビルは、一緒に働く人を「謙虚さ」で選んでいました。リーダーシップとは自分だけの問題ではなく、会社とチームという自分よりも大きなものに「献身」することだからです。

ビルが定義する「リーダーにふさわしい三箇条」

  1. 正直であること。
  2. 謙虚であること。会社とチームと言う、自分より大きなものに献身すること。
  3. 好奇心旺盛で、新しいことを学ぶ意欲があること。

コーチン

コーチとは

コーチは、教える相手がどれだけ自己認識できているか知る必要があります。相手の強み、弱みを知るだけでなく、相手が自身の強みと弱みをどれだけ認識しているかを知り、彼らにそれを自覚させ、見えていなかった欠点に気づかせるのがコーチの仕事です。人は自分の欠点を話したりません。そのためビルは、コーチを受ける人に「正直さ」と「謙虚さ」、「粘り強く努力する姿勢」を求めました。

手法

ビルのコーチング手法の中でも「ヒアリング」と「フィードバック」の手法を簡単にまとめます。


  • 話を聞くときはいつも、相手に細心の注意を払い、じっくり耳を傾けた。
  • ビルはいつも大量の質問を投げつけた。これは「アクティブリスニング」と呼ばれる手法で、どんどん質問を投げかけることで発見や洞察を促し、本当の問題に気付かせることができる。
  • 彼はいつも正直で偽りのないフィードバックを行った。彼の性格もあるが、いつも100%正直で(ありのままを話した)、率直だった(厳しいことを臆せず伝えた)。
  • 多くのリーダーはフィードバックを人事考課まで待つが、ビルは決定的瞬間を捉えて都度適切なフィードバックを行っていた。
  • 批判的なフィードバックは必ず人目のないところで行うように気を配った。

仕事力

すべきことを指図しない

ビルはコーチングに際してじっくり相手の話を聞き、フィードバックを行いはしましたが、具体的な指示はしませんでした。理由は以下のとおりです。

  • マネージャーは部下に頭ごなしに指図すべきでない。
  • 指図するよりも、なぜそれをやるべきなのか物語を語る。
  • そして部下が自力で最適解にたどり着くよう促す。

ペンシルバニア大学の教授はこのような姿勢を「人当たりの悪いギバー」と呼びました。相手に対して親身にはなりつつも高い目標と期待を設定してその挑戦を促し、応援する。そして誰もが聞きたくないけど聞く必要のある厳しいフィードバックを与える。これは会社だけでなく、教育に対しても同じことが言え、アドラー心理学の「勇気づけ」という考え方に通じる部分があります。

問題そのものよりチームに取り組む

ある時、Googleの幹部ミーティングである事業のコストが大幅に増加していることが議題となりました。幹部たちは一様に以下のような質問を投げかけます。

  • 状況はどうなっている?
  • 問題はなんだ?
  • 選択肢はあるか?

しかしビルはこの時一言「気にするな」と言ったそうです。ビルは問題が起こった時、目の前の問題そのものに向き合うのではなく、問題に対処するチーム、メンバーに焦点をあてていました。

  • 誰が問題にあたっているのか?
  • 適切なチームが適材適所に配置されているのか?
  • 彼らが成功するために必要なものはそろっているか?

ビルはこのように問い、チームを導き、チームに解決させるように取り組みました。

すべきことに集中する

ビルは困難な問題が生じたとき、常に冷静かつポジティブな姿勢で今すぐやるべきことに集中しました。これを「問題中心型対処法」と呼び、この手法が特に発揮されたのはスティーブ・ジョブズが復帰したころのApple時代。当時は非常に困難な問題がいくつも発生しましたが、ビルは冷静でポジティブな姿勢を保ちながら「何が起こったか、誰が悪いのか」ではなく「それについてどうするか」について集中しました。

これが実現できたのは、ビルが徹底的にポジティブであったからだと言われています。私も経験がありますが、プロジェクトで何か問題が発生するとネガティブな感情が蔓延しがちです。それをビルは持ち前のポジティビティでかき消していきました。上司がこのように振る舞ってくれると、部下としてはありがたいものです。

こうした「ポジティブなリーダーシップ」が問題解決を促すことが研究で判明しています。完全にビルのように振る舞うのは難しいかもしれませんが、職場で何か問題が起きた時は「常に冷静さを保ち、徹底してポジティブであること」「メンバーをほめ、肩を叩いて安心させる」「でも厳しい質問もし、建設的なフィードバックをする」これら3つをを心掛けたいですね。

人間力

小さな隙間を埋める

会議中(に限らず、日常会話においても)何気なく発した言葉やメールの文面が、自分の意図に反して相手に腹立たしい内容に感じ取られてしまい、関係がぎくしゃくする何てことは間間あるものです。 ビルは人々の間に生じるこうした「ピリピリムード」を常に注意深く観察することでいち早く察知し、すかさずフォローすることに長けていました。コーチが特に大きな助けとなるのはこういう時で、会議には出席しても「試合には出ない」コーチだからこそ持てる視点で、参加者の発言やボディーランゲージを観察し、雰囲気の変化を察知したそうです。

人に親切である

ビルはとても多忙でしたが、困って彼を頼ってきた人がいれば最優先でその人の手助けを行っていました。ビルは社内でも高い立場にいましたが、幹部からスタッフまで分け隔てなく話を聞き、人助けをしていたそうです。 彼が行っていたのは「5分間の親切」と呼ばれるもので、「親切をする側には5分もかからないような些細な行為でも、される側にとってはとても大きな意味のある行為」というものです。具体的には「率直な意見を言う」や「必要な人を紹介する」等と言った行為になります。

最後に

本書にはここでは紹介しきれないくらいの「極意」がまだまだありますが、自分が大切だなと思った項目に絞ってまとめました。

ここでは紹介していませんが、ビルはしゃがれ声で汚い言葉で「愛のある」罵倒をよく投げかけたそうです。でもその本意は、相手の事を心から思いやり、愛しているからこその行動だったそうです。このようにビルは、(意図してかどうかは分かりませんが)学術的にも理にかなった手法で部下や組織をマネージメント、コーチングしていましたが、そこに「相手に対する深い敬意と愛情」が加わっていたことが、一兆ドルの価値を生んだコーチングの一番の極意だったのではないかと思います。

ビルのようにすべての人に対してこのように接することは難しいので、まずは身近な存在(家族や職場の部下など)に対して「深い敬意と愛情」を意識しながら、ここで学んだコーチングの手法を実践しきたいです。